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毒親問題の回復アプローチ

「毒親の定義」は、今現在(2021年)も定まっていませんので、人(毒親被害者または心理士)によって対応はまちまちになっているかと思います。

毒親問題を「コミュニケーションの問題」と見るか、または「虐待」と見るかで、対応は正反対になりますが、基本的に毒親問題は、私は虐待だと考えています。

若い毒親被害者は、毒親問題を「コミュニケーションの問題」と考えていることが多いのですが、その考えはおそらく毒親問題をより深刻化させると思います。話し合いの場を設けたとしても、毒親は感情的になりやすいので、まともな話し合いすらできず、子ども側がどんどん疲弊するだけです。「あなたの気持ちを考えていなかった。ごめんなさいね」と謝ってくる毒親は、ほとんどいないでしょう。

30代以降の毒親被害者は、「怒り」や「悲しみ」から自分をどうやって解放させればいいのかわからず、もがき苦しんでいます。多くの人は、それには「許し」が必要だと考えていますが、その「許し」は容易に失敗してしまいます。毒親が十分な謝罪をしているのならともかく、横柄な態度や考え方がそのままであれば、この「許し」が失敗してしまうことは至極当然です。実際に、許しが容易に失敗してしまう様子は、スーザン・フォワードの書籍からも知ることができます。

しかし、仮に毒親が十分な謝罪をしたとしても、毒親被害者の心は「ひと時の安らぎ」しか得られないと私は考えています。「単発の嫌な思い出」というのは、相手側から謝罪があれば、たいていは許すことができますが、毒親問題は謝罪で解決する問題ではありません。その理由は、下記のようなものになると私は考えています。

  1. 被害があまりにも大きすぎる
  2. 毒親被害者は、毒親からの被害によって、現在も窮地に追いやられている
  3. 毒親被害者には、「脳もしくは思考形態の問題」が残る

窮地に追いやられている問題について

毒親被害者は、「幸せになるための準備」を毒親によって妨害されていますので、基本的に今現在も幸せになりにくい状況に追いやられています。そのため、「許そう」という心境になりにくいですし、仮に一時的になったとしても、その気持ちを持続させることは困難です。

「脳もしくは思考形態の問題」について

毒親被害者は、「あの時、何て言えば親に理解してもらえたのだろう」といったようなことを延々と考えてしまう「思考習慣」や、批判され続けたことによって自分自身を過小評価してしまう「習性」、または「極端なやる気の減少」といった問題を抱えています。そして、これらは病気に近いレベルで日常生活を苦しめます。

やっかいなことに、上述した問題同士は、連動しやすいです。具体例で述べますと、次のような思考ループに陥っていることが多いかと思います。

「努力しても報われにくい環境にいる」→「自分を過小評価」→「あの時、自分はどうすればよかったのか?」

こうした連動が問題解決を難しくしているため、何十年も苦しむ毒親被害者が続出しているのだと私は考えています。

回復アプローチ

毒親問題の場合は、精神疾患と異なり、毒親被害者の年齢・境遇といったもので、対応は大きく変わると思います。しかし、共通事項として、傾聴によるカウンセリング(共感してもらうカウンセリング)は、効果に限界があると予想しています。(※状況によっては必要ですが、根本的な解決策にはなりにくい、という意味です)

毒親からの被害があまりにも大きかった場合、もはや毒親を「許す・許さない」の問題ではありません。許そうが許すまいが、残された脳(思考習慣や思考形態)は、変化のないままです。従いまして、毒親被害者はどうしたら過去への思考習慣から解放されるのか、あるいは、どうしたら「自己肯定感」や「やる気」を正常レベルに戻すことができるのかを考えなくてはなりません。

こうした理由で、私は毒親被害者には傾聴によるカウンセリングよりも「行動療法」が適していると考えています。行動療法とは、端的に述べますと、「問題のある行動を減らす」という心理療法です。毒親被害者の場合、「過去を延々と考えてしまう」という問題行動がありますが、この時間を「幸せになるための準備」に充てることができれば、理論的には人生は良い方向に少しずつ動き出します。

行動療法は、最初から上手くいくことは少ないと予想しますが、修正を繰り返せば、少しずつ効果がでてきます。そして、行動が変わると、「自分の可能性」などの認識も自然に変わりますので、そこから回復のきっかけを掴むといいと思います。

尚、毒親問題を「許す・許さない」の軸で考え込むと、より深刻化すると予想します。おそらく、「意識する・しない」の軸で考えた方がラクになります。「毒親のことを考えなくても充実した生活を送ることは可能」ということを体験することが大切になるかと思います。